JOL2020-2 ツングース諸語の音対応の解説
お久しぶりです。
この記事は2020年日本言語学オリンピックの第二問、エウェンキ語・オロチ語・ナーナイ語の音対応の問題の解説記事です。
解説なので自分で解いてみてから読んだり解きながら行き詰まったら読んだりしてください。
誤りや質問などがあればコメントかTwitterへお願いします。
問題はこちらからどうぞ。
問題について
ツングース諸語の3言語(問題に従って以下それぞれEk、Oc、Naと略します)から音対応を示す語の組が16組与えられています。
これらのデータから音対応のパターンを見つけて、それに当てはまるような選択肢を選びます。
この問題のように複数の言語の比較をする問題はどちらかというと珍しい気がします。
音対応は標準語の o, e に対する沖縄方言の u, i のような複数の言語の間での規則的な音の対応関係のことです。
難易度
国内予選としてはやや簡単?
できれば早めに解いてほかの問題に時間を割きたい
使う情報
- 与えられた16組の語
- 空欄[11]~[20]の選択肢
選択肢や問題も重要な手掛かりになります!
方針
- 音対応のパターンを見つける
- このパターンを適用しながら選択肢を絞る
1は音対応を扱う問題では不可欠な作業です。
またこの解説では1が終わってから2へ進んでいますが、パターンがわかり次第選択肢を削るやり方が効率的だと思います。
表記について
ところで、与えられているデータの中に、abc...といったラテン文字のほかにə ŋ ʥのような文字があります。
言オリではしばしばこのような文字が使われ、大抵は注釈がつきますが、今回のように一切注がなかったり必要最小限の情報しか与えられないことがあります。
このような文字は国際音声記号(IPA)*1での使い方に基づいていることが多く、IPAでこの文字がどのような音を表すか知っていると問題を解きやすくなることがあります。ə、ŋ、ʥはそれぞれIPAでは中舌中央母音 、「ハンガー」のンの音、「ジャッジ」のジの子音を表します。
また、調音方法や調音点などの基本的な音声学の知識は、直接問われることは少ないにせよ様々な問題に役立ちます。
これらについては入門書がたくさん出版されていますし、もし余裕があれば一度触れておくことをおすすめします。
解説
どこから手を付ければよいかわからないときはまず分析の対象を絞りましょう。ここではとりあえず母音の対応を見ます。
三つの言語のn番目の母音同士のすべての組み合わせ(6パターン)を挙げました。実際に解くときもまずは全パターン列挙しています。
Ek | Oc | Na | 例 |
---|---|---|---|
a | a | a | 八、犬、口、いくつ、娘 |
o | o | o | 泣く、銛、魚皮、忘れる |
i | i | i | 犬 |
i | i | u | いくつ、重い |
u | u | u | 八、跳ぶ、唇、 |
ə | ə | ə | 唇、風、胸 |
空欄[11]など、どの選択肢でも母音が共通している場合はデータとして利用できます。 わからない母音の対応は以下です。
Ek | Oc | Na | 例 |
---|---|---|---|
u | o/u | u | 跳ぶ |
u | u/i | u | 娘 |
i | u/i | u | 風、娘 |
u/i | i | u | 胸 |
この四つの空欄も上の六つのパターンのいずれかに当てはまるはずです。 これで選択肢[12]c、[15]ad、[19]ab、[20]bdを削除することができます。
一通りデータに目を通したところで「犬」を意味する語が他とは少し違う対応をしていることに気づいたかもしれません。
Ek | Oc | Na |
---|---|---|
ŋinakin | inaki | inda |
これはEkとOcにおいては本来「犬」を意味していた部分のうしろに-kin、-kiという他の要素(指小辞のような)がくっついた形が新しく一語として定着したからだと想像できます(日本語における 子+ども のように)。Naのindaに対応するのはEkのŋina-、Ocのina-の部分だとすると納得がいきそうです。
次は子音です。まずは語頭の子音から比較します。3言語すべて共通している場合を除くと以下の3つが挙げられます。
Ek | Oc | Na | 例 |
---|---|---|---|
∅ | ∅ | x | いくつ、重い |
x | x | p | 足跡 |
ŋ | ∅ | ∅ | 犬 |
ここでは"∅"は「子音が無い」という意味です。
空欄の語もこのパターンに従うはずなので、[12]、[14]、[15]、[20]の選択肢が絞れます。
次に語末の子音の比較です。データにはnしかでてきていませんね。
Ek | Oc | Na | 例 |
---|---|---|---|
n | n | n | 風 |
n | ∅ | - | 犬 |
「犬」では-kinと-kiを比較しているのでNaのデータはありません。あまり決定的な発見ができませんでしたが、EkにnがあってOcにはないというようなパターンがありうることがわかりました。
次に語中の子音です。解答において重要な子音連続を含むもののみを挙げます。
Ek | Oc | Na | 例 |
---|---|---|---|
n | n | nd | 犬 |
n | ? | nd | 娘 |
? | ŋ | ŋg | 胸 |
ŋ | ? | ŋg | 泣く |
mŋ | ? | ŋb | 忘れる |
mŋ | mm | ŋm | 口 |
bg | bb | gb | 銛 |
? | bb | gb | 魚皮 |
? | pp | kp | 八 |
rg | gg | jg | 重い |
rg | gg | ? | 太った |
rk | kk | (jk) | 跳ぶ |
これらのパターンは、ナーナイ語の子音連続を AB とすると次のように分類できそうです。ただし「忘れる」は例外的なのでまだ含めていません。
- A : A : AB(犬~泣く)
- BA : BB : AB(口~八)
- rB : BB : jB(重い~跳ぶ)
- kt : kt : kt (足跡)
ここで個々の選択肢を検討していきます。
[11] 語中子音からc
[12] 語頭が x : x :p となるb。語中も適切
[13] 語中子音から c
[14] 語頭子音からbdのいずれか、m : mm : mのような語中子音のパターンはないのでd
[15] 語頭子音からc
[16] 語中子音が jgとなっているd
[17] 語中子音からa
[18] 保留 (aとcではなさそう?)
[19] 語中子音と i : i : u の対応からc
[20] 語頭子音からaもしくはd、dは語末のtがおかしいのでa
音対応のパターンをかなりきっちり挙げたのでかなり簡単に選べました。
ここで[18]が残りました。[18]の選択肢は mŋ : gb/ŋŋ/bŋ/mm : ŋbです。手がかりがないようですが、解答が出せるとするとやはり[18]も上で見た語中子音連続のパターンのどれかに当てはまっているはずです。
これを自信を持って決定するにはおそらく音声学もしくは音韻論の基礎的な知識が必要です。上のパターンはA, Bの調音点、調音法によって一般化できます。1ではAが鼻音でBはAと同器官的な破裂音、2はAが両唇音でBは軟口蓋音、3はBが軟口蓋破裂音です(早口)。
このようにとらえると、[18]は2番目のパターンに似ていることがわかります。このパターンではOcは必ずBの両唇音が重なるので、d. ommo-であると予想できます。
このことに気が付かなかったとしても、Ocで違う子音が連続している例は「足跡」しかないので二択にまでは絞れるかもしれません。
まとめ
- 音韻対応の問題ではパターンを書き出す
- 母音/子音、語頭/語中/語末のように分けて調べる
類題
IOL2007-5 : トルコ語とタタール語の比較です。今回の問題よりやや難。