人工うなぎ諸語

JOL2021-2 ツツバ語の数詞解説

日本言語学オリンピック2021の第2問、ツツバ語の数の問題の解説記事です。

JOL2021ははじめてオンライン形式で開催されました。当日配布された問題用紙では言語名が伏せられていたり表記が置き換えられたりしています。この記事では後に公開された スペシャルエディション をもとに解説をします。

どんな問題?

ツツバ語の数の表現とそれらが表す数がバラバラな順番で与えられています。これらを対応させながらツツバ語の数の表現の仕組みを明らかにし、問題ア、イに解答します。
問題アでは、1-12がデータ(a)-(j)から推論されるツツバ語の数の表現の規則に沿っているかどうか、沿っているならばそれがどんな数を表しているかを解答します。問題イでは与えられた4つの数をツツバ語に翻訳します。

解き方

解答するためには以下の4つのポイントを押さえることが重要です。

  1. 数の表現がどのような要素から成っているか
  2. 数の表現がどのような構造を持っているか
  3. それぞれの要素がどんな役割(意味)を持っているか
  4. この言語の数体系の底(何進法を採用しているか)

4番の底の決定は数の問題に特徴的です。10進法がもっとも一般的ですが、20進法を用いる言語も多くあります。*1IOLでは12進法や6進法の言語が出題されたこともあります。
底は日本語の ‘いち’ ‘に’ … ‘きゅう’ のような、その言語の数体系で1桁になる数(ゼロを除く)を表す要素がいくつ見つかるかを手がかりにアタリを付けておくと楽です。そのような要素をここでは基本数と呼びます。一般的にn進法の数体系ではn-1個の基本数があります。

データの分節

まずは与えられた数の表現をいくつかの要素に分けていきます。この解説ではスペースで区切られた部分を語と呼びます。i の3語目 ŋavuleb̼ituna には a の eb̼itu が含まれているので ŋavul-eb̼itu-na のように分けられます。h の二語目の vaab̼ituna を根拠に ŋavul-e-b̼itu-na とすることもできます。このようにして十数個の要素を取り出すことができます。

構造の分析

データを切り分けたら、基本数と位を表す部分がどこか考えながら構造を分析します。構造の分析はさらに 1. 語の内部の構造 2. 語の並べ方 というふたつの側面に分かれます。まずは 1. 語の内部の構造 を調べます。

語の構造は概ね4パターンあるようです。

  1. . e- で始まるもの
  2. . ŋavul- で始まるもの
  3. . vaa- で始まるもの
  4. . ŋalsaŋavul で始まるもの

  5. oalu は例外っぽいのでおいておきます。

構造はパターンごとにこんな感じになっています。

e- itu
sua
oalu
lima
ono
rua
tol
ati
tea?
ŋavul- e- (-na)
vaa-
ŋalsaŋavul

itu や sua などの9つは ŋavul(-e) や vaa- のあと、e- のあとに現れるという共通点を持っていることから、似た機能を持っていると推測できます。数も多く、これらが基本数だと考えるのが自然です。基本数が少なくとも9つあるので、底は10以上だと分かります。 vaa- と ŋavul- は ‘にひゃくよんじゅう’ の太字部のように位を示す部分でしょう。どの言語でも大きい位から順番に並べられる傾向があるため、vaa- は底の二乗の位、ŋavul- は底の一乗の位だと予想します。
パターン1は最も単純な構造であるため一桁の数を表していると分かります。語末に -na が付くことはありません。パターン2は語末に -na が付くことがあるようです。f のŋavuloalu にのみ e- が無いこと、d の oalu のみ他のパターンに合っていないことから、e- は oalu の前には付かず、oalu はパターン1に属すものだと判断できます。パターン3は概ねパターン2と同じですが、vaa- の後にはe- は常に現れません*2

これまでの情報から、問題アの12、 16が適切な表現でないと分かります。 語の内部の構造が分かったのでそれがどのように配列されているかを見ます。こちらはまだ分からない部分が多いので特徴をさらう程度にとどめます。

  • パターン3 (vaa-) → パターン2 (navul-) → パターン1 (基本数) の順に現れる
  • おなじパターンがふたつ並ぶことがある
  • ŋalsaŋavul はパターン3やパターン2の部分に現れる

対応

ここまでツツバ語の数の表現がどのような要素から成り立っているか、それがどのように並べられているかを見てきました。ここからは与えられたデータをヒントにそれぞれの要素がどんな機能・意味を持っているかを明らかにしながら a-j を対応させます。
上述のとおり a) eb̼itu、 b) esua はもっとも単純なパターンなので基本数の7、 9のどちらかに対応していると考えられます。vaa- は ŋavul- よりも大きい位を表していると予想されるため、a、b の次に大きいのは vaa- を含まない e) ŋavulerua ŋavuletolna eono、 f) ŋavuloalu ŋavulesuana esua で、26か89だと予想できます。

底の特定

残りの対応を明らかにするためには底が分からなければなりません。底を特定する方法はいくつかあり、ひとつめは基本数から底を推測し、 7、 9、 26、...、800 を底で割ったあまりとツツバ語のデータa-j の1の位を比較して確かめる方法です。ツツバ語がn進法を採用しているとすると、7、9、26、...、800 を n で割ればツツバ語での一の位の数がわかります。この頻度の分布がツツバ語のデータ a-j の一の位の頻度の分布と一致していればツツバ語がn進法を採用している可能性があります。基本数が9個あることが分かっているので、まずは底が10の場合を試してみます。a-jの1の位の頻度は以下のようになっています。

1の位 出現回数
eb̼itu 2
esua 2
無し 2
oalu 1
eono 1
etea 1
elima 1

対して、7、 9、 26、...、800を10で割った時のあまりは以下のようになります。

あまり 出現回数
0 2
7 2
9 2
1 1
5 1
6 1
8 1

どちらも二回出現しているものが3つあるため、10進法は十分ありそうです。よくある数体系ですし、10で割り切れている場合が二つあるのもポイントが高いです(0は表現されないことが多く、どれがどれかわからない1~9とは異なるので)。11以上の数を試しても良いですが、時間がかかるのでほどほどにしましょう1
もう一つの方法は f と b の差が底の倍数としてふさわしくなるような f と b の値を探すという方法です。b と f は1の位が共通しているため、fと b の差、すなわち ŋavuloalu ŋavulesuana esua − esua は底となんらかの整数の積になっているはずです。b = 7 の場合と b = 9 の場合、f = 26 の場合と f = 89 の場合の 2×2 = 4 通りの差を取ってみます。

b = 7 b = 9
f = 26 26 − 7 = 19 26 − 9 = 17
f = 89 89 − 7 = 82 89 − 9 = 80

f - b は底の倍数なので、f = 26 のときは底ともう片方の整数の組み合わせは (1, 19), (1, 17) のどれかだということになります。底が1、17、19になることは考えづらいので f = 89 だと分かります。
f = 89 かつ b = 7 のときは (1, 82), (2, 41) がありえますが、いずれもなさそうです。f = 89 かつ b = 9 のときは (1, 80), (2, 40), (4, 20), (5, 16), (8, 10) があります。基本数の数から底は10, 16, 20, 40, 80に絞れます。一つ目の方法にならってあまりの分布が一致するか確認すると底は10だとわかります。
今回はたまたま一つ目の方法が上手くはまったので二つ目の方法のほうが面倒ですが、二つ目のほうが安心感があるかもしれません。二つ目の方法は底を特定する以外の場面でも役に立ちます。

さて、これでツツバ語の数体系は10進法を採用しているらしいことが分かりました。一つ目の方法を使ったときも、f と b の差が10の倍数になる組み合わせは b = 9f = 89 しかありません。消去法によりa = 7e = 26がわかります。同時に基本数の b̼itu = 7、 sua = 9、 ono = 6 も分かりました。1の位に eb̼itu が入っている i) vaatol vaav̼atna ŋavuleono ŋavuleb̼ituna eb̼itu = 367でしょう。 底が10と分かったことで、ŋavul- の位が10の倍数、vaa- の位が100の倍数であることが予想できます。c) vaaoalu は800、oalu = 8 だと推測します。そうであれば d) vaalima vaaonona oalu = 508 でしょう。

ここまでで分かったことを整理します。

数の表現の対応
a) eb̼itu = 7
b) esua = 9
c) vaaoalu = 800
d) vaalima vaaonona oalu = 508
e) ŋavulerua ŋavuletolna eono = 26
f) ŋavuloalu ŋavulesuana esua = 89
g) ŋalsaŋavul vaaruana ŋavleb̼itu = ?
h) vaaono vaab̼ituna navuletol ŋavulev̼atina etea = ?
i) vaatol vaav̼atina navuleono ŋavuleb̼ituna eb̼itu = 367
j) vaarua vaatolna ŋavulesua ŋalsaŋavulna elima = ?


残りの候補: 170、 295、 631

基本数
6: |ono
7: |b̼itu
8: |oalu
9: |sua

ここで f、 i の10の位(ŋavul- の付いた部分)に注目します。

f) ŋavul-oalu  ŋavul-e-sua-na e-sua
   10-8 10-e-9-na   e-9
   ‘89’

i) vaa-tol  vaa-v̼ati-na   ŋavul-e-ono    ŋavul-e-b̼itu-na  e-b̼itu
   100-?    100-?-na    10-e-6      10-e-7-na       e-7
   ‘367’

両方とも -na の無い部分では10の位の数が、-na の付いた部分では10の位の数より1大きい数が入っています。d) vaalima vaaonona oalu = 508 で vaalima のあとに vaaonona が入っていることから lima = 5 であると推測します。j = 295とするといい感じになります。h の100の位が vaaono vaab̼ituna なので h = 631、消去法で g = 170と分かります。また、c、 gなどから、より下の位に数が無いときは -na の部分が現れないことがわかります。
全ての対応が完了したところで、ŋalsaŋavul が何を表しているか考えてみましょう。g では vaaruana = 200 の直前、jでは ŋavulesua = 90 の直後に現れていることから、ŋalsaŋavul = 100だと分かります。逆に、100を表すときには *vaatea ではなく ŋalsaŋavul を用います。

数の表現の対応
a) eb̼itu = 7
b) esua = 9
c) vaaoalu = 800
d) vaalima vaaonona oalu = 508
e) ŋavulerua ŋavuletolna eono = 26
f) ŋavuloalu ŋavulesuana esua = 89
g) ŋalsaŋavul vaaruana ŋavleb̼itu = 170
h) vaaono vaab̼ituna navuletol ŋavulev̼atina etea = 631
i) vaatol vaav̼atina navuleono ŋavuleb̼ituna eb̼itu = 367
j) vaarua vaatolna ŋavulesua ŋalsaŋavulna elima = 295
基本数
1: |tea
2: |rua
3: |tol
4: |v̼ati
5: |lima
6: |ono
7: |b̼itu
8: |oalu
9: |sua

解答

こたえは公式の解答にのっているので省略します。
(ア)の19にミスがあり、「正 ŋalsaŋavul...」となるべきところが「正 etea...」になっていました。今は修正されています。


  1. 11から50までは分布が一致するのは21と26のみで、どちらも割り切れているものは2つありません(たぶん)

*1:https://wals.info/chapter/131

*2:e- は独立した要素ではなく基本数の一部で、vaa- の後と oalu の前で消えるとも分析できます。